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広島地方裁判所尾道支部 昭和32年(わ)77号 判決 1958年7月30日

被告人 川口信康

主文

被告人を禁錮二年及び罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用はその全部を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、甲種二等航海士の資格を有し、昭和二十八年七月頃、広島市宇品町県有埋立地、芸備商船株式会社に勤務し、爾来同会社の木造客船第十一能美丸、第三土生丸、曙丸に船長として乗船し、昭和三十一年七月二日から同会社の木造客船第五北川丸(船長二二・六二米、船幅三・九米、総噸数三九・四九噸)に船長として乗組み、広島県尾道市尾道港、同県豊田郡豊浜村大浜港間の定期旅客輸送に従事中、昭和三十二年四月十二日、同郡瀬戸田町所在の耕三寺観光の旅客が多かつたため、前記会社取締役、長井頼雄から尾道、瀬戸田両港間を尾道港発午前十時便、瀬戸田港発午後零時二十分便で、臨時に一往復就航することの命をうけ、機関長日浦忠三(当四十三年)機関員毛利寿(当十八年)甲板見習員重森常治(当時十五年)の船員三名とともに、同日午前十時二分頃、右第五北川丸に瀬戸田港行旅客を乗船させて尾道港を出発し、同日午前十一時頃、瀬戸田港に到着し、同日午後零時十二分頃、同港棧橋で、尾道港行旅客二百三十四名を乗船させ尾道港に向け出港しようとしたものであるが、右第五北川丸の尾道、瀬戸田両港間における法定の最大搭載人員は旅客七十七名、船員七名であるのに、右定員を超えて前記のとおり旅客二百三十四名を乗船させたものであつて、その結果船体の復原力に著しい減少をきたしているため、航行中船体が急激に動揺するにおいては船舶沈没のおそれがあり、かつ右両港間は、障害物の多い二浬以内の狭い水路にあたるものであるから、船長である被告人は、右航行にあたり、転針、障害物との接触等による急激な船体の動揺を避けるべく周到な注意をはらい、みずから操舵し、あるいは甲板にあつて適切な指揮のもとに乗組員をして操舵させ、もつて船舶沈没事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、同日午後零時二十二分頃、右瀬戸田港を出港し、約六分後に同船の全速である時速約九ノットで、当時下げ潮中央期のため潮流時速約一・八ノットの逆潮を、広島県三原市鷺浦町向田野浦佐木島、布袋岩鼻北西海中約百九十米の位置にある寅丸礁と通称する岩礁の西方約三千百米東進した際、それまでみずからなしていた舵輪の操作を、甲板見習員として採用後約一箇月にして海技免状を有しない前記甲板見習員重森常治に命じ、航行目標及び舵輪の廻転の指示をするかたわら、前記機関長日浦忠三とともに操舵室舵輪後方の座席に腰をおろして、乗客から集札した乗船、上陸券の枚数の計算をするうち、右計算に心をうばわれ、前示運航上の注意を失して、右重森に対する指示を怠り、同日午後零時四十分頃、前記寅丸礁の西方約十米を船首が右岩礁に向け直進しているのにはじめて気付き、急遽、全速のままみずから舵輪を左一杯に廻転して左急転針したため、船体が右傾し、前記復原力減少により容易に復原しなかつたのに加えて、その頂点において海面下約一米にあつた前記岩礁の岩石の一部に、船底竜骨が接触した動揺とにより、さらに右傾し、右舷側から船内に多量の海水が侵入した結果、同日午後零時四十二分頃、右寅丸礁西方約九十米の位置で、ついに同船を沈没するにいたらせ、別紙一記載のとおり乗客松尾好栄外百十一名及び前記重森常治をその頃溺死させ、別紙二記載のとおり乗客向井紀美子外四十八名に対し、治療日数一日から一年までを要する傷害を各負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の所為中、最大搭載人員を超えて旅客を搭載した点は船舶安全法第十八条第四号に、業務上過失艦船覆没の点は刑法第百二十九条第二項罰金等臨時措置法第三条に、業務上過失致死傷の点は各刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第三条に各該当し業務上過失艦船覆没、各業務上過失致死傷は一個の行為にして数個の罪名に触れるものであるから刑法第五十四条第一項前段第十条により犯情が最も重いと認められる死者一名に対する業務上過失致死罪の刑により処断することとして、所定刑中禁錮刑を選び、これと船舶安全法違反の罪とは刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第一項に従い禁錮刑と罰金刑とを併科するべく、所定刑期及び罰金額の各範囲内で被告人を禁錮二年及び罰金一万円に処し、同法第十八条に従い、右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い訴訟費用はその全部を被告人に負担させる。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、船舶安全法違反の点につき、被告人が最大搭載人員を超えて旅客を搭載したことは、当時、いわゆる過剰乗船は本件ばかりでなく全国的に半ば公然と行われていたものであり、被告人の属する芸備商船株式会社経営の航路は、運賃が安いうえに、観光季のほかは旅客が少ないため容易に採算がとれない実情にあつて観光客の多い本件就航に際し定員を厳守すると会社の経営が困難となり、ひいて被告人自身も職を失うおそれがあり、また本件乗船客は、瀬戸田港棧橋を管理する瀬戸田港務所において第五北川丸の判示発便に乗船させるものとして検札のうえ棧橋にいたらせたものであり、同船の構造上乗客は接岸した舷側のどこからでも乗船できる状況であり、被告人においてこれが乗船を制限することは事実上不可能のことがらであつたから、被告人に対し搭載人員の制限を遵守することにつき期待可能性がなかつたもので犯罪の成立を阻却するものである旨主張するけれども、被告人の当公廷での供述によると、被告人は本件出港前瀬戸田港棧橋において旅客の乗船状況を監視し、約二百名が乗船するものであることを認め、これが乗船をなさしめたが、右は乗船の制限が事実上不可能であつたことによるものでなく、むしろ、かつて被告人が同船で同航路を旅客二百名以上を搭載して無事に航海を了えた経験等から本件旅客の搭載もまた安全運航に支障がないと思つたことによるものであることが認められ、ほかに右認定をくつがえすにたる証拠はないから、被告人に対し右違反行為以外の行為を期待することを不可能とするばあいにあたらないと解するのを相当とし、右違反行為につき責任を阻却するべきものというをえない。

よつて主文のとおり判決した次第である。

(別紙一、二略)

(裁判官 福永亮三 岡田辰雄 長谷川茂治)

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